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横浜地方裁判所 昭和61年(行ウ)7号 判決

横浜市神奈川区松ケ丘8番地の7 ライオンズマンション405号 山野正寿方

原告

三井ミツ

右訴訟代理人弁護士

瀬沼忠夫

右訴訟復代理人弁護士

仁平信哉

横浜市神奈川区栄町8番地の6

被告

神奈川税務署長 神蔵勉

右指定代理人

大沼洋一

外5名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の昭和57年分所得税について,被告が昭和58年9月30日付けでなした更正のうち長期譲渡所得6143,950円,納付税額1,170,600円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は,昭和42年3月9日以降,別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)及び土地部分(以下「本件土地」といい,本件建物と合わせて「本件資産」ということがある。)を所有していたが,同57年7月31日,本件資産を訴外株式会社松本工務店に代金39,000,000円で売却した(以下「本件譲渡」という。)。

2  原告は,昭和57年分の所得税の確定申告に際し,本件譲渡に係る分離課税の長期譲渡所得(以下「本件譲渡所得」という。)につき,収入金額3,900,000万円より必要経費2,856,050円を差し引き,差引後の金額36,143,950円から租税特別措置法(昭和58年法律第11号による改正前のもの。以下「措置法」という。)35条1項の規定による特別控除額30,000,000円を控除して,本件譲渡所得金額を6,143,950円,納付すべき税額を1,170,600円として,法定申告期限までに申告した。

3  しかしながら,被告は措置法35条1項の適用を否認し,昭和58年9月30日付けで,原告の分離課税の長期譲渡所得金額を35,440,600円,納付すべき税額を7,030,000円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税額を292,900円とする賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

4  そこで,原告は,これらの処分を不服として,昭和58年10月31日,被告に異議申立をしたところ,被告は同59年2月29日付けで右異議申立を棄却する旨の決定をした。更に,原告は同年3月29日国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ,同所長は昭和60年10月30日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決をなし,右裁決書謄本は同年12月19日原告に送達された(以上の経緯は別表1のとおり)。

5  しかしながら,原告は昭和38年末に原告の次男訴外亡三井敏照(以下「敏照」という。)と本件建物に入居して以来昭和57年7月31日に売却するまで,本件建物を生活の拠点として居住の用に供してきたものであり,本件資産の譲減所得については措置法35条1項が適用されるべきものである。

したがって,右規定の適用がないものとしてなされた本件更正処分及び本件賦課決定処分は違法である。

6  よって,請求の趣旨記載のとおり本件更正処分及び本件賦課決定処分の取消を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1項ないし4項の事実は認める。同5項及び6項は否認ないし争う。

三  被告の主張

1  本件譲渡所得の内訳について

原告の本件係争年分の所得金額(分離課税の長期譲渡所得金額)は,別表2記載のとおり,30,544,600円である。

各項目の内容は以下のとおりである。すなわち,

(一) 収入金額 39,000,000円

原告が昭和57年7月31日に同人所有の本件資産を株式会社松本工務店に譲渡して得た収入金額であり,原告の確定申告に係る金額である。

(二) 取得費 1,950,000円

原告の確定申告に係る金額である。

(三) 譲渡費用 609,400円

譲渡費用の内訳は別表3記載のとおりであり,いずれも原告の確定申告に係る金額である。

(四) 特別控除 1,000,000円

措置法31条3項の長期譲渡所得の特別控除額である。

2  措置法35条1項の不適用について

(一) 原告は,本件資産の譲渡による分離課税の長期譲渡所得(本件譲渡所得)の金額の計算上,措置法35条1項の居住用財産の譲渡所得の特別控除額30,000,000円を控除して昭和57年分の確定申告書を提出しているが,次のとおり本件譲渡所得に措置法35条1項の適用は認められない。

(二) すなわち,措置法35条1項(居住用財産の譲渡所得の特別控除)は,「個人が,その居住の用に供している家屋で政令で定めるものの譲渡をし」た場合には,譲渡所得の計算にあたり一定額の特別控除を認める旨規定し,これを受けた同法施行令23条1項は「個人がその居住の用に供している家屋(当該家屋のうち居住の用以外の用に供している部分があるときは,その居住の用に供している部分に限る。)とし,」と規定して,「居住の用に供している家屋」にのみかかる特別控除規定の適用があるべき旨定めているが,これは,居住用財産を譲渡した場合にはこれに代わる新たな居住用財産を取得する蓋然性が高いことと,通常の居住用財産であれば特別控除額の範囲内で取得できるであろうとの配慮から,その譲渡について従前とられていた課税の繰延べ(昭和44年法律第15号による改正前の措置法35条に定める居住用財産取得のための買換えの特例)に代えて,特別控除という免税制度を設けることにより,その取得を容易にする趣旨である。この特別控除は,租税負担の特例を定めたものであるから,同法が規定する負担軽減の要件は厳格に限定解釈されるべきである。そして,かかる制度の趣旨からすると,措置法35条1項の「居住の用に供している家屋」とは,譲渡若しくはこれに近い時期までに,その者がある程度の期間継続的に真に居住する意思をもってこれに起居し,生活の本拠として現実に利用している家屋をいうと解すべきである。

(三) ところが,被告の調査によれば,原告の本件建物への居住状況は以下のとおりである。

(1) 原告は,昭和47年ころから,本件建物の鍵を隣地に居住する訴外田尻スエに預けて,横浜市神奈川区松ケ丘33番8所在の原告の夫である訴外三井忠直(以下「忠直」という。)所有の建物(以下「松ケ丘の建物」という。)に居住するようになり,本件建物には城山町立公民館の事業である茶道教室の講師をしていた関係で週一回程度立ち寄るのみであり,右田尻が本件建物に配達された郵便物を保管し,ガス料金や部落費についても同人が立替払いし,原告が本件建物に立ち寄った際に右郵便物を手渡したり,領収書類と引き換えに右立替金の弁済を受けていたのであり,そのような状態は昭和57年ころまで続けていた。

(2) また,原告は,本件建物のある城山町に住民登録をしているものの,城山町役場税務課担当職員の調査によれば,原告は昭和52年,53年には同町には茶道師範として週1回来町していたにすぎず,同54年にも本件建物に居住した事実はなく,同55年,56年には横浜市内に居住しており,同56年度に城山町役場に提出した「昭和56年度町民税・県民税申告書」により原告は自ら同56年1月1日現在,横浜市に住居を有している旨の申告をなしている。

(3) 更に,昭和55年から同57年までの間,城山町立公民館が右茶道教室講師の依頼等の関係で原告に発した依頼状のあて先は本件建物ではなく松ケ丘の建物とされており,原告は,自己名義の普通預金口座を有している三井銀行横浜駅前支店に松ケ丘の建物の所在地を住所として届けたうえ,右茶道教室の講師の謝金は右口座への振り込みにより受領し,他方,松ケ丘の建物に関する電気,ガス,水道料金は右口座からの自動引き落しにより支払っていた。そして,原告の夫忠直は,神奈川税務署に届け出た昭和53年分ないし同56年分の確定申告書により,原告を所得税法2条33号に規定する生計を一にする配偶者として申告している。

(4) また,本件建物における電気,ガス,水道の使用状況は,別表4「本件建物に関する電気,ガス,水道の消費量等一覧表」のとおりであり,昭和54年1月から同57年9月までの本件建物と松ケ丘の建物での各使用量と対比すると別表5「本件建物と松ケ丘の建物の電気,ガス,水道の使用状況月別対比表」のとおりとなる。

右によれば,本件建物における昭和52年1月から同57年9月までの電気使用量は月平均15kw,松ケ丘の建物における昭和54年1月から同57年9月までの同使用量は月平均269kw,最低でも月190kwであり,本件建物における月平均使用量は松ケ丘の建物の右最低使用量の約8%に過ぎない。

また,ガス使用量についてみても本件建物においては5年半余の間に4か月程1ないし4m3が使用されただけであるのに対し,松ケ丘の建物においては月平均81m3が使用されており,その間に著しい違いを呈している。更に,本件建物における水道使用量も2か月を1単位として平均1.2m3消費されているだけで,右は松ケ丘の建物での水道使用量の約2%に過ぎない。

(四) 以上のような本件建物に関する原告の居住状況,電気,ガス,水道の使用,利用状況等から客観的にみる限り,昭和47年あるいは遅くとも同52年には,本件建物は原告が真に起居し,生活の本拠として現実に利用している家屋とは認めがたいものとなっていたのである。したがって,本件建物ひいてはその敷地である本件土地は,措置法35条1項に規定する居住の用に供している資産に該当すると認める余地はない。

3  本件更正処分の適法性について

右2のとおり,本件建物は措置法35条1項に定める居住の用に供している家屋に該当しないのであるから,本件資産の譲渡に同項の適用はなく,原告の本件係争年分の分離課税の長期譲渡所得金額は,前記1のとおり,35,440,600円である。したがって,これと同額でなされた本件更正処分は適法である。

4  本件賦課決定処分の適法性について

原告が本件更正処分により国税通則法(昭和59年法律第5号による改正前のもの。以下「通則法」という。)65条1項に規定する「更正に基づき同法35条2項の規定により」納付すべきこととなる税額は,同法28条2項3号イに定める本件更正処分により増加する納付税額5,859,400円である。右納付すべきこととなる税額には,同法65条2項に定める正当な理由があるとは認められないので,右金額の全部が加算税の計算の基礎となるところ,同法118条3項の規定により右金額の1,000円未満の端数を切り捨てた金額5,859,000円に100分の5の割合を乗じて算出した過少申告加算税は292,900円(同法119条4項の規定により100円未満切り捨て)である。

したがって,これと同額の過少申告加算税を賦課した本件賦課決定処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

(認否)

被告の主張1項のうち,(一)ないし(三)は認め,その余は争う。同2項のうち,(三)(3)の事実及び原告が城山町に住民登録を有していたこと,城山町立公民館の茶道教室の講師をしていたことは認め,その余は否認ないし争う。同3,4項は争う。

(反論)

1 原告が本件建物に居住するに至り,また,これを売却するに至った経緯は以下のとおりである。

(一) 原告の次男である敏照は,昭和38年ころ,本件土地等を購入し,同所に本件建物を建築して所有し,同家屋に居住するようになった。原告は,夫である忠直と松ケ丘の建物に居任していたが,敏照が病弱であったことなどから,同年ころ,忠直の承諾を得て本件建物に転居し,敏照と同居するようになった。

(二) 昭和39年5月21日,敏照が死亡し,忠直が本件資産を相続した。原告は,敏照の供養をするために本件建物に居住し続けることにしたところ,忠直もこれに同意し,敏照死亡後約1年間程は忠直も本件建物に居住していた。しかし,忠直は本件建物から通勤することがその健康上困難であったため,再び松ケ丘の建物に戻ることとした。その際,忠直は原告にも一緒に戻るよう勧めたが,原告は敏照の供養を続けたいとして本件建物にとどまった。そして,昭和42年3月9日には忠直から原告に本件建物が贈与され,原告は本件建物に永住すべく住民登録も松ケ丘の建物の所在地から本件建物所在地に移した。

(三) その後も,松ケ丘の建物に居住していた忠直は,土曜日毎に本件建物に来ていたが,昭和46年ころから健康を害して病院に通院するようになって本件建物には来なくなり,同年9月ころからは原告が週のうち3日は松ケ丘の建物に,4日は本件建物に居住するという状態になり,昭和48年末ころまでこのような状態が続いた。

(四) 昭和49年春ころには,原告が病気になり,病院に通院するため約1年間ほど松ケ丘の建物に居住するようになったところ,昭和50年には忠直の病状が悪化したため,原告はそのまま松ケ丘の建物にとどまり,その看病に当たった。原告は,自身の健康上の理由もあって,本件建物には月のうち10日間くらいしか居住できない状態であった。

(五) 忠直の病状はその後も悪化し,昭和55年1月に手術のため入院し,同年3月退院して松ケ丘の建物で療養することになったが,原告は,その看病のため,また,自らも健康を害して通院するようになったために,昭和55年には本件建物にほとんど立ち寄ることができなかった。昭和56年には月のうち5,6日程度は本件建物に立ち寄れるようになったが,原告自身の健康を心配する忠直の説得等により,原告は本件建物を処分することを決意し,昭和57年7月に本件資産を売却したものである。

2 また,原告は,忠直の看病等のため松ケ丘の建物に居ることが多くなった時も,月に何回かは敏照の供養と掃除のために本件建物に行き,何日かは泊まり,電気,ガス,水道を使用して,最低限の料金を支払ってきたものである。

被告は,本件建物における電気,ガス,水道の使用量が松ケ丘の建物のそれと比較して,極めて少量である旨主張するが,松ケ丘の建物においては,忠直が病気で室内はすべてセントラルヒーティング設備であり,夏冬を問わず電気こたつを使用しなければならないために電気の使用量が多いのであり,また,ガス使用量についても,本件建物における使用量が少ないためメーターを外して小型ボンベを置き,ボンベ買い取りの方式を取っていたのでメーターが0となっていたのである。

3 以上によれば,原告は,昭和42年に永住の意思をもって住民登録を本件建物所在地に移して以後,昭和57年に本件建物を売却するまで本件建物に永住する意思をもって居住していたものである。松ケ丘の建物での居住量が多くなった時期はあるが,それは夫の看病及び自らの病気という特段の事情によるものであり,本件建物には電気,ガス,水道等の設備もそのまま引かれており,家具等の財産もそのまま置かれ,いつでも使用できる状態となっていたのである。すなわち,原告は,一時的な夫の看病のつもりで本件建物を出たところ,予期に反して自らも病気になり,たまたまそれが長期に渡ることになったものであり,右のような特段の事情がある以上,物理的な居住量の多寡にかかわらず,永住の意思の有無によって居住用の家屋か否かを決すべきである。

例えば,長期出張,長期旅行,あるいは転勤等により,1,2年の予定で居住建物を空けたとしても,その居住建物への居住の意思を失わず,生活用品の大部分を残留している場合は,居住建物を留守にした期間を控除することなく,なお居住が続いていたとみるべきで,たまたま1,2年の赴任予定が何らかの理由で赴任先に永住することになり,留守にしていた居住建物を売却することになったとしても,その建物は他の土地に永住を決めるまでは,居住用建物であったというべきである。

そして,本件建物も,昭和57年に原告が売却を決意するまでは,原告は,いずれ本件建物に戻って永住する意思をもって家財道具等を残し,いつでも居住できるようにしていたのであるから,本件建物は措置法35条1項の居住の用に供している家屋に当たるというべきである。

4 なお,措置法35条1項の居住の用に供している家屋の解釈を特別に厳格にすることは誤りである。

措置法35条の規定は昭和53年法律第11号の改正により,当該家屋が当該個人の居住の用に供されなくなった場合でも,居住の用に供されなくなった日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までの間に譲渡した場合には,同条の特別控除の対象とすることとされた。そして,右改正後の措置法通達35-3は所有者が従来その所有者としてその居住の用に供していた家屋を,その用に供さなくなった日以後引き続きその扶養している親族の居住の用に供しているときは,その扶養親族が居住しなくなってから1年以内に譲渡したときは,措置法35条1項に規定するその居住の用に供している家屋に該当するものとして取り扱うこととしている。

原告は,夫の病気看護及び自身の病気治療のため,本件建物に居住できなくなったのであり,そのような特段の事情のある以上,本件建物は右通達の趣旨に則り居住用の家屋と解すべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録,証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求の原因1項ないし4項の事実,被告の主張1項のうち長期譲渡所得の特別控除額の主張を除くその余の事実は,いずれも当事者間に争いがない。

二  1 そこで,本件譲渡につき,措置法35条1項に規定する居住用財産の特別控除の適用があるか否かについて検討する。

2 まず,本件建物の居住状況についてみるに,前記争いのない事実に加え,成立に争いのない甲第1号証,第2号証の1ないし11,第3号証,第5号証の1,2,第18ないし第20号証,乙第4ないし第6号証,第10ないし第13号証,第15,第16号証,第19,第20号証,原本の存在及び成立に争いのない乙第14号証第17号証,第21ないし第24号証,弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第7ないし第9号証(但し,官署作成部分の成立は争いがない。),原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第7ないし第13号証,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

(一)  原告は,夫である忠直と忠直所有の松ケ丘の建物に居住していたものであるが,昭和38年ころから,次男である敏照が居住する本件建物に同居するようになり,同39年5月21日に敏照が死亡した後も,敏照の供養をするために本件建物に居住し続けた。本件資産は敏照死亡後忠直の所有となったが,同42年3月ころに忠直から原告に本件資産が贈与され,その際,原告は住民登録も松ケ丘の建物の所在地から本件建物の所在地である城山町に移した。松ケ丘の建物に居住していた忠直は,土曜日毎に本件建物に来るなどしていたが,昭和46年ころから健康を害して病院に通院するようになって本件建物に来ることがなくなったため,同年9月ころからは原告が忠直の面倒をみるために本件建物と松ケ丘の建物とを行き来し,それぞれの建物で半々ずつ暮すようになった。

(二)  その後も忠直の病状が悪化したため,看病のため原告は松ケ丘の建物で暮すことが多くなり,昭和50年から52年ころまでは,多くても週のうち土曜日,日曜日を本件建物で過ごす程度となり,同53年には原告の体調が良くなかったこともあって,本件建物にはほとんど立ち寄らなくなった。同54年には原告は,自身の病気が顕著になって松ケ丘の建物で暮らすことが多く,本件建物には時折立ち寄る程度であり,昭和55年には忠直が手術のため1月から3月まで入院した後,松ケ丘の建物で療養し,原告は,その付き添い及び看病のため,本件建物にほとんど立ち寄らなかった。本件資産売却前の昭和56年には月のうち5,6度程度茶道教室の講師として城山町に来た機会などを利用して本件建物に立ち寄るようになったが,本件建物に泊まることはなく,ほとんど日帰りであった。昭和57年に入って,原告は,本件建物で生活する目途が立たないため,これを売却することを決意し,住民登録も松ケ丘の建物所在地に移し,昭和57年7月に本件資産を売却した。

(三)  原告は,松ケ丘の建物で居住することが多くなってから,本件建物の鍵を隣家の訴外田尻スエに預け,右田尻が本件建物に配達された郵便物を預かり,ガス料金や部落費についても同人が立替払いし,原告が城山町において開設していた茶道教室の講師として城山町に来た際等に右郵便物を手渡したり,領収書類と引換えに右立替金の弁済を受けており,そのような状態は昭和57年ころまで続いた。

昭和50年以降の城山町における原告についての町民税は課税されておらず,昭和52年には同町税務課住民税担当職員によって,「原告は横浜市内に居住しており,本件建物には居住していない」旨の報告がなされ,右報告の結果により,同町は原告に対する町民税の課税権がないと判断して引続き課税していない。

(四)  本件建物における電気,ガス,水道の使用状況は,別表4「本件建物に関する電気,ガス,水道の消費量等一覧表」のとおりであって本件建物を居住の用に供し,そこで生活していたものとすると,総じて,不自然と考えられる程にその消費量は低く,かつ一定していないものとみられる。

(五)  原告は城山町立公民館の事業である茶道教室の講師をしていたが,昭和55年から同57年までの間,城山町立公民館が右茶道教室講師の依頼等の関係で原告に発した依頼状のあて先は本件建物の所在地ではなく松ケ丘の建物の所在地とされており,原告は,自己名義の普通預金口座を有している三井銀行横浜駅前支店に松ケ丘の建物の所在地を住所として届け出たうえ,右茶道教室の講師謝金は右口座への振込みにより受領し,他方,松ケ丘の建物に関する電気,ガス,水道料金は右口座からの自動引落しにより支払っていた。原告の夫忠直は,神奈川税務署に届け出た昭和53年分ないし同56年分の確定申告書により,原告を所得税法2条33号に規定する生計を一にする配偶者として申告している。

以上の事実が認められ,右認定を覆すに足りる証拠はない。

3(一) 以上認定にかかる事実によって判断すると,原告は,遅くとも昭和52年以降は本件建物を生活の本拠として使用していたということはできず,本件建物は現実には原告の居住の用に供されなくなっていたものというべきである。

(二) 原告は,本件建物に居住できなくなったのは,夫の看病及び原告自身の病気という特段の事情のためであり,原告は,いずれは本件建物に生活の本拠を移して,ここに永住する意思を有していたので本件建物は措置法35条1項の居住の用に供している建物に該当する旨主張する。

よって検討するに,原告が本件建物を離れて松ケ丘の建物で居住するようになった原因が,前記認定のとおり,夫忠直看病及び続いて生じた原告自身の病気治療にあったことから推して判断すると,原告が,少なくともその初めのころにおいて,これらの事情が解消すれば本件建物に戻って居住する意思であったことを認めるに難くない。

しかし,さきに認定したように,原告が忠直の看病のため本件建物を留守にするようになった昭和47年から売却までの期間は約10年間であり,本件建物について全く住居の実体が失われたとみとめられる同52年からでも約5年間であって,このように長期間にわたって,原告が同様の意思を維持していたかについては疑問があるばかりでなく,その意思を維持していたとしても次の理由により,右主張は採用できない。

すなわち,措置法35条1項は,譲渡所得の特別控除という租税負担の軽減を定める規定であって,その解釈適用に当たっては明確性が要求されるところ,同項の文理や同法施行令23条1項がその適用範囲を,現実に居住の用に供されている一の家屋と限定していること,更には,同法35条1項が従前居住の用に供されていた家屋が居住の用に供されなくなった場合には,その時から3年後の年末までという一定の期間内に譲渡した場合に限定して右特別控除の適用が認められるとしたことなどからすれば,同法35条1項にいう住居の用に供している家屋とは,生活の本拠として現実に居住の用に供している家屋に限られるというべきであり,現実に居住の用に供されなくなった場合には,たとえ従前は現にこれを居住の用に供し,将来これを居住するという主観的意思があり,その間にある程度の事実的支配,管理を行っていたとしても,現実に居住の用に供されなくなってから3年後の年末以降にそれが譲渡されたものであるならば,同条1項の特別控除の適用はないものといわなければならない。

そして,本件建物が居住の用に供されなくなってから3年後の年末以降に譲渡されたものであることは既に認定した事実関係によって明らかである。

(三) なお,原告は,昭和53年法律第11号の改正により措置法35条1項の特別控除の適用範囲が拡張されたこと及び同法通達35―3の趣旨によって,本件建物を居住の用に供している家屋と解すべきである旨主張するが,右改正は,譲渡の時まで当該家屋に現実に居住することが因難な場合が生じる不動産取引の実情や,転勤等に伴って居住用財産を空家にしたり貸家にしたりする場合があることを考慮し,これらの場合に居住の実体が失われたかといって直ちに特別控除を失うことがないようにすると共に,3年間(3年後の年末)という期間の限度を設けて特別控除を認めるもので,右期間を越えて長期にわたって居住の用に供していない家屋についてまで同項の特別控除を認める趣旨でないことは明らかであり,右改正をもって同項の居住の用に供している家屋の範囲を拡張して解釈すべき根拠とはなしえないというべきである。また,右通達は,家屋の所有者がその居住の用に供していた家屋を,その居住の用に供さなくなった日以後も引き続きその扶養している親族の居住の用に供しているときは,その扶養親族が居住しなくなってから1年以内に右家屋を譲渡した場合の取り扱いについてなされたもので,いわゆる単身赴任等の場合を考慮したものであって,本件事案に適合しないことは明らかであり,また,右通達の趣旨に照らすと,これを措置法35条1項にいう居住の用に供している家屋の解釈につき,本件建物にまで拡張して適用する根拠となしえないことは明らかであって,原告の右主張は理由がない。

4 以上のとおり,本件譲渡は措置法35条1項の適用のある譲渡に該当せず,右譲渡に係る本件譲渡所得につき同項による特別控除の適用はないものといわなければならない。

三1  そして,本件譲渡に係る収入金額が39,000,000円であり,その取得費が1,950,000円,譲渡費用が609,400円であることは当事者間に争いがなく,前記説示のとおり,本件譲渡所得につき措置法35条1項の規定による特別控除の適用がないから,本件譲渡所得金額を右収入金額から右取得費,譲渡費用及び措置法31条3項の長期譲渡所得の特別控除額1,000,000円を控除した額である35,440,600円とした本件更正処分は適法である。

2  以上によれば,被告が,本件更正処分により納付すべき税額5,859,400円の1,000円未満を切り捨てた5,859,000円に100分の5の割合を乗じて算出した金額(100円未満切り捨て)に相当する292,900円の過少申告加算税を賦課した本件賦課決定処分も適法である。

四  よって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 岡光民雄 裁判官 竹田光広)

〈以下省略〉

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